恋愛の本質は昔も今も変わらない、変わるのは枝葉の部分のみ


いつになく真剣と書いてマジな気分の桜井です(・Д・) (←その出だし自体が真剣じゃねーじゃん!Σ(・□・;))



先日、習慣である早朝のウォーキングをしているときに、、



『恋愛の本質って、昔も今も変わんないよなぁ』



って、ふと思ったんだよね。



猿からヒトへと進化したてのころは、まだ野生(動物)的な部分が多く、感情とかも現代の人に比べると豊かではなかっただろうな。



性行為なんかも、現代の人みたいに快楽を愉しむという部分の考え自体は無くて、ただ子孫を残すことだけを目的としたものだったのかもしれないよな。



ヒトになりたてのヒトが、長い年月をかけてヒトとしての進化をしていく中で、人を人たらしめている感情というものも豊かになっていったのかな。



感情が豊かになるにつれて、人は、好き、嫌い、愛してる、憎い、楽しい、悲しい、うれしい、みたいなことを、より感じたり表現できるようになってきたんだろうな。



それで、人を好きになったり、愛したり、時には憎んだりするようになって、恋だの愛だのを語るようになってきたんだ、きっと。



でも、それっていつぐらいからそんなふうになっなのかな?



かなり古い歴史の本にも恋や愛についてのエピソードなんかもあるところを見ると、数千年前からは確実にそうなっていたよね。



で、少なくとも数千年前から(もっと前からかもだけど・・)、人が人に恋したり、愛し合ったりしていたということになると、すごくない??



なにがすごいかって、たぶん数千年前から今の今まで、恋愛の本質は変わってないだもん。



人と人が出会うこと


人が人を好きになること


人が人に恋すること


人と人が愛し合うこと


人と人が別れること



これらは、きっと昔も今も変わらないよね。



というか、変わりようがないし、これから先も大きく変わることがないと思う。



あっ、でも、未来では人とロボット(アンドロイド的な)が恋をするなんて、SF映画みたいなことも起こるかも・・。



テクノロジーの進歩はおそろしくはやいから、なにが起きてもおかしくはないもんね。



まぁ、それにしたって、恋をすることや愛することは変わらないからなぁ。



でも、、時代とともに変わってきたものもあるよね。 



それは、直接会って言葉を交わす以外で、気持ち(心)を伝えたり、コミュニケーションをとる手段。



言い換えると、コミュニケーションツールとも言えるもの。



大昔は石なんかに文字を掘ったかもしれないし、恋文なんかも残ってる。



近代になると、手紙、電話、ポケベル、メールと、短いスパンで変化してきているよね。



ここ、数十年の間の変化が目まぐるしいことにあらためて気づかされる。



そして、今、コミュニケーションツールのスタンダードはスマートフォン+LINE。



恋愛において、LINEを上手く使うことが重要になってる。


であるなら、恋愛レベルを上げていきたければ、LINEの有効な使いかたや、相手を惚れさせるLINE術を学び、それを実践していきたいところ。



そうすることが、恋愛を成功させるための大きなポイントになってくるだろうね。



変化が激しい時代だから、今後、LINEに代わって次のスタンダードとなるツールが現れるのも、そう遠くない未来の話かもしれない。



その時、僕たちはいちはやくそのツールを取り入れて、賢く使いこなしていくことが求められる。



しっかりと、時代の変化に対応し、順応していかないとだね。



でも、その時にも、時代が変化しても変わることのない恋愛の本質があることは忘れないでいたい。



人を愛し、愛されることこそが恋愛の本質であるということ。



LINEなどは、あくまでもそれを実現させるためのツールであることを心にとめておこう。



人のいない早朝の街を足早に歩きながら、そんなことを考えてみた。



おわり


あとがき


今回は、朝の散歩をしている時に、ふと頭に浮かんだことを文字に起こしてみました。



時代が変わっても変わらないもの、時代とともに変わっていくもの。



その両方をはっきりと認識しておくことで、本当に大切なことを見失わずに済むのではと感じました。



この記事を読んでくださっている読者さまのこれからの人生が、幸せに満ちたものになりますように(*´▽`*)



桜井